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卞在昌容疑者起訴 [カルト化・マインドコントロール]

2日遅れの記事上げ

宗教法人代表を起訴=女性信者に乱暴-水戸地検(時事通信より)
 宗教法人代表が信者の女性に乱暴した事件で、水戸地検は17日、準強姦(ごうかん)の罪で、「小牧者訓練会」代表で「国際福音キリスト教会」の主任牧師、卞在昌容疑者(61)を起訴した。  起訴状によると、卞容疑者は、2007年2月17日、茨城つくば市の教会内で、信者の女性に「神に背いて悲惨な人生を歩まないためには指示に従うしかない」と信じ込ませ、抵抗できない状態に陥らせて乱暴したとされる。(2010/02/17-19:24)


宗教法人性的暴行:牧師を準強姦罪で起訴 被害者団体「裁判で真相を」 /茨城(毎日新聞より)
つくば市に拠点を置くキリスト教系宗教法人「小牧者(しょうぼくしゃ)訓練会」であった性的暴行事件で、水戸地検土浦支部は17日、同会牧師で韓国籍の卞在昌(ビョンジェチャン)容疑者(61)=土浦市=を準強姦(ごうかん)罪で水戸地裁土浦支部に起訴した。  起訴状によると、卞被告は07年2月17日ごろ、つくば市内の同会教会で県内在住の20代女性信者に対し、神に背いて悲惨な人生を歩まないためには卞被告の指示に従うしかないと思いこませ、暴行したとしている。  地検土浦支部によると、卞被告は事件前からこの女性信者に「(自分は)神から権威を与えられた特別な牧師で、神と同じように従わなければ苦難を受けて荒野の人生を歩む」と何度も説教していたという。  起訴を受け、元信者らによる被害者団体「モルデカイの会」は「(卞被告は)絶対的権威を利用し(被害を)訴えることは罪だと被害者に信じ込ませてきた。裁判で、真相が明らかにされることを望む」とコメントを出した。被害者代理人の斎藤大弁護士によると、被害者を抵抗できない心理状態に陥らせたうえでの事件は立証が難しく、裁判例が少ないため、起訴は被害防止に意義があるという。【原田啓之、高木昭午】

逮捕時と同じく準強姦罪での起訴となりました。地検は卞容疑者の嫌疑は十分と判断したのでしょう。裁判の行方に注目したいです。

本件は準強姦という被害者女性の抗拒不能に乗じて強姦をしたという内容です。報道や被害者団体の発表にあるように、卞容疑者はかねてより自身の絶対的権威を主張し、自己への不従順に対する脅しもしていたことで、それが信者らに対するマインドコントロールになっていたと推測されます。そしてそのマインドコントロールによって被害者女性が卞容疑者の性行為に対して抗拒不能状態になっていたと思われます。

ところで従来裁判所は宗教被害に対するマインドコントロールの影響についてあまり踏み込んだ判断をしてこなかったようです。しかし今回の件についてはマインドコントロール(あるいはカルト化)についてある程度踏み込んだ判断がなされるのではないかと期待いたします。強姦罪ではなく準強姦罪ですから、被害者の抗拒不能状況を生み出した背景があるわけです。抗拒不能を作った原因が牧師の絶対的権威の主張にあるとすれば、まさにその問題の認識が今後一層広まっていくのではないか。そのことによってマインドコントロールの危険性を認識し、予防と対策へと向かわせる契機となることを願います。

私はこの事件の背後には、今日のキリスト教会に蔓延する歪んだ規範意識と権威主義があると考えております。本件を特殊な事例として退けず、今日のキリスト教会が抱えている問題の表面化であると捉えることが大事だと思います。そしてこの問題がキリストの光と聖霊の力によって福音的に解決され本来あるべき規範性と権威が教会の中に回復されていって欲しい。そのように願っております。
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小牧者訓練会のパワハラ3 [ハラスメント]

(3)継続性(頻繁さ)
陰湿な嫌がらせを再三受けて(「事案の概要」より)
小牧者訓練会のパワハラが頻繁に行われていることが被害者側から訴えられています。同様の継続性(頻繁さ)は、たとえばハレルヤコミュニティーチャーチ浜松教会の榊山清志牧師によるセクハラ・暴力事件に対する静岡地裁浜松支部の判決文(2008年5月19日)においても以下のように認められています。
しつけと称して,こたつの脚,フライパンドラムのステイックなどで腎部や足の裏を叩いたり,素手で顔を叩いたりといった暴力を日常的に加えていた。(判決文中の「当裁判所の判断」より。下線は引用者による)
(なお榊山氏に関する判決では暴力・セクハラの事実は認められたものの、時効を理由に損害賠償請求は却下されました。詳しくは判決文をご覧ください。)

パワハラの判断基準に、その行為の継続性(頻繁さ)があげられます。以下、涌井美和子『職場のいじめとパワハラ防止のヒント』より該当部分を引用します。
パワー・ハラスメント判断基準;その2 時間的経過について  行為の発生過程と頻度;身体的暴力など,たった1回でもパワー・ハラスメントに該当する可能性があるものもあるが,多くは,何度か繰り返されるうちにパワー・ハラスメントになる可能性が高くなる。とくに,単発的に繰り返されるのではなく,だんだん強迫的あるいは執拗に繰り返されるようになっていたり,行為者が支配的になっていったり,苛立ちがみられるようになるなど,時間の経過とともに,質や内容が変わっているのであれば,パワー・ハラスメントに該当する可能性が高くなる。(「第1章 パワー・ハラスメントとはどのような行為か」26ページより)
(なお本書では、パワハラの判断基準が4つ示されております。本書はパワハラを理解する上で有用です。いずれ機会があれば本ブログでも取り上げたいと思います。)

涌井氏が示した判断基準の説明から次の2つのことが言えます。いずれもパワハラというものの性質からきております。

1つはパワハラというものが必ずしも直接的な身体的暴力によらないということです(そもそもパワハラという概念は、暴力では捉えきれない被害を概念化する必要から生まれました)。直接の身体的暴力があれば傷害事件となりますが、そうでない場合は程度問題とされ、第三者から見てもその判断が非常に難しくなります。したがって明らかに悪質なものを除けば、1度の言動だけをもってしてパワハラと判断することは非常に難しくなります。しかし繰り返しなされるなら、それはパワハラと認定される可能性が高いということです。

2つめは、そもそもなぜパワハラは繰り返し行われるかという点です。加害者の心理は様々であり、加害者の自覚の程度もまちまちですが、加害者は被害者を自分に服従させたいという動機が根底にあることはだいたい共通しております。加害者はより支配を強める方向に行為をエスカレートしていきます。やがて被害者を自分の意のままに支配することに限界を感じたり被害者が防衛的になると、加害者は被害者を破壊と抹殺(いわゆる排斥)するようになります(涌井、18ページ)。このように、パワハラとはよりエスカレートし、内容も変化することが多いものです。ただし必ずしもすべてが時系列に沿って深刻化するとは限りませんので個々の事例について判断する場合は注意が必要です。要は、パワハラとは、その性質上、一度限りで終わることではなく、頻繁に繰り返されるものである、ということです。
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小牧者訓練会のパワハラ2 [ハラスメント]

(2)適正な範囲の超過

上位者の下位者に対する言動が、果たして適正な範囲のものであるかどうか。これがパワハラ判断基準の一つであるといえます。ただし、その言動が適正な範囲を越えていると感じるかどうか「する側」と「される側」では大きく異なります。パワハラをする側は、自分の言動は適正の範囲内にあると思っているでしょう。たとえ度を越したとしても、「少々やりすぎたかもしれないが、これぐらいは普通だ」と自分を納得させるでしょう。一方「される側」にとっては、適正な範囲にあるとは思えないでしょう。ただし、マインドコントロールの下にあるならば「される側」もこれは正しいことだと納得しやすくなります。これが一般社会におけるパワハラよりも深刻化させる原因になっています。教会においては、いじめや人格攻撃ということはそもそもありえないものですが、マインドコントロールの下にある教会では、いじめや人格攻撃が「訓練」の名の下に正当化されてしまいます。

小牧者訓練会でのパワハラ被害の事例を見てみましょう。内容は「被告Xの不法行為(その1)」(モルデカイの会による)に基づいております。それによれば、スクワット200回密室での延々とした脅し寮生や外国人牧師の面前での罵倒深夜の呼び出し怒鳴りつけ、が具体的事例としてあげられています。詳細は当該記事をお読みください。被害者からすれば、まったく理不尽な行為であり、第三者的に見てもこれが適正の範囲をはるかに超えていることは明白です。

被害者(伝道師)は当初は加害者(上位教職者)に抵抗は示すものの、徐々に逆らうことができず、ただただ恐怖心を抱くようになり、無抵抗となっていきました。典型的なカルト化教会におけるパワハラ被害と言えるでしょう。
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小牧者訓練会のパワハラ [ハラスメント]

具体的にカルト化教会におけるパワハラ被害の実態について見ていきたいと思います。ただ、一般の会社におけるパワー・ハラスメント(パワハラ)被害の実態については本やネットで知ることができますが、教会におけるパワハラ被害の実態についてはほとんど公にされておりませんので実態がつかみにくいのが実情です。このような状況においては、パワハラ訴訟の存在は実態把握の参考になります。去る2009年12月15日に、宗教法人小牧者訓練会におけるパワハラに対する民事訴訟がありました。またその概要が原告支援側(モルデカイの会)によりネット公開されています。公開されたこの概要は教会におけるパワハラの実態をつかむために貴重な資料となります。教会におけるパワハラ被害の一つのケースと言えます。

パワハラ訴訟(不法行為等を理由とする損害賠償請求)の事案概要(モルデカイの会)

以下、この概要を中心に取り上げてみます。なお、この内容は原告側(被害者側)に立った内容です。当然、被告側(加害者側)からの反論もあるでしょう。あるいは被害者証言のみを取り上げることへの批判もあるかもしれません。ただ、本記事の関心は裁判にではなく、あくまでもパワハラ被害の実態を知ることにありますから、その点に関して言えば、被害者側の訴えを取り上げるだけで十分であると考えられます。
プロテスタント系キリスト教団小牧者訓練会(宗教法人)の創立者で教団と 下部組織の国際福音キリスト教会の主任牧師だった被告卞は、霊的指導者の自分は 絶対的権威と説いて指導原理とし、自分に服従している上位教職者の指揮命令にも 下位教職者は絶対に服従しなければならないとの教義を教団に浸透させた。 そうした環境の教団に雇用され伝道師となった原告は、教義に忠実な上位教職者の 被告Xから、陰湿な嫌がらせを再三受けて自律神経失調症を発症、その後、被告卞は、 原告の病状を知りながら、咎め、「鬱には肉体労働がさいこう(ママ)」などと 原告に肉体労働や事務労働を無給で強制し、日常的にメールや口頭で暴言を 浴びせるなどの抑圧を繰り返して、2ヶ月も経たないうちに、原告の症状は 一気に統合失調症まで悪化した。原告は労働能力の多くを奪われたが、 主任牧師や上位教職者を責めてはならないとの教義による心理的抑圧で被害を 訴えることは許されないと思い込まされていた。(「事案の概要」より)

この概要をパワハラの要件に照らして見てみましょう。
(1)力関係の利用
(2)適正な範囲の超過
(3)継続性
(4)人権侵害、精神的・肉体的苦痛、職場環境の悪化

まず(1)の力関係の利用に関して言えば、上位教職者(被告Ⅹ)と下位教職者(伝道師、原告)という明らかな力関係があります。さらに小牧者訓練会ではこの力関係をより強化する方向に教団内の空気をもっていっております。具体的には下位教職者は上位教職者に絶対に服従しなければならないとの教義を教団に浸透させていたことにあります。そしてより重要なことは、下位教職者が上位教職者に服従しなかった場合、下位教職者自身が罪意識を抱いてしまうことにあります。ここが会社におけるパワハラと大きく異なる点です。会社の場合も下位者が上位者に従わない場合、減給や解雇といった不利益を被る恐れがあるわけですが、教会におけるパワハラの場合は、深刻な罪意識を抱くことによって、より精神的苦痛を被ることになります。教会におけるパワハラ被害の方が会社のパワハラよりもより深刻な精神的ダメージを受けるといってよいでしょう。
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